【書籍紹介】ティク・ナット・ハンが四念処経を解説した「ブッダの気づきの瞑想」をご紹介!【マインドフルネス】

2019年10月7日

気づきの瞑想法

仏教最古の瞑想の経典が何かを知っていますか?

マインドフルネスヴィパッサナーなどの瞑想法のルーツであり、ブッダが弟子たちに説いた内容としてまとめられている『四念処経(しねんじょきょう)』と呼ばれるものがそれにあたります。

この瞑想最古の教科書とも呼べる本をわかりやすく解説した『ブッダの気づきの瞑想』(野草社)。

ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハン氏が瞑想のやり方と教養を詰が詰め込まれた本書をかみ砕いて紹介しているのがこの一冊です。今回のこの記事では、

どうやって瞑想を実践し、
苦しみを癒して、
悟りへ至るのか?

というテーマを中心に、気づきの瞑想とは何か瞑想の実践法はどんなものかについて詳しく触れていきたいと思います。

ティク・ナット・ハンってどんな人?

世界的に知られる"行動する禅僧"。1926年、ベトナム生まれ。16歳で出家、1960年代初めに社会福祉青年学校や仏教大学を卒業し、その後教団を創設し、平和使節としてアメリカとヨーロッパを訪問。

平和活動の結果、ベトナムから帰国を拒否され、フランスでの亡命生活を開始。仏教僧院・共同体「プライムヴィレッジ」を開く。行動する仏教(Engaged buddhism)を提唱。1995年には日本に来日しています。講演やリトリートなど精力的な活動で知られます。

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この本の構成について

本書は話が多岐にわたり、筋が読み取りにくい印象がありました。

ハン氏は用語の解説をしたり、シッダールタの説話を持ち出したり、自分の瞑想体験を述べてみたり、他流派の解釈に批判を加えるなど、いろんな話を混ぜてくるためです。そこで、この本を理解するために、先に全体像を示しておきます。

ブッダの気づきの瞑想

細かく書いてますがざっくりわければ、黄色と緑で色分けした二種類です。

  • 【黄色】四念処経の現代語訳
  • 【緑色】(それについての)ハン氏の解説

現代語訳をあとからハン氏が解説する流れで構成されています。

ところでここで出てくる"四念"とは、4種の気づきのこと。すなわち身体・感覚・心・法(心の対象)の4つの対象を観察すること。これこそ四念処経の核心であり、これに解説を加えたものが本書の全容というわけですね。

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気づきの瞑想ってどんなもの?

気づきの瞑想とは、いわゆるマインドフルネス(mindfulness)

徹底した心身の観察を通して、心が解放され、安らぎを感じ、喜びに満たされること(p.14)を目指す瞑想法です。

私たちの生活には怒りや不安や恐れがついて回りますが、このような感情は私たちを縛り付けるロープのようなもの(p.15)であり、それを観察することで心の傷を癒し、代わりに幸福感で内面を満たすことができるのがこの瞑想法の特徴なのです。

気づきには二種類ある

気づきの(=マインドフルネス)瞑想は、段階を二つに分けて考えます。

四念処経は、パーリ語で「サティパッターナ・スッタ」。このサティは「止めること」「対象への気づきを保つこと」(p.16)の意味。

また同じくパーリ語でヴィパッサナーという言葉は「対象に深く入り込み観察する」という意味で、この第二段階を指します(p.16)

つまり、

  • サティ(第一段階)……対象に気づいていること、気づきを保っていること。
  • ヴィパッサナー(第二段階)……気づきを保ちながら深く観察し、対象に入り込んで理解すること。

こういうことですね。

気づきながら深く観察し続けるなら、観察する主体と観察される客体の境界が無くなり、両者が一体となる(体験をする)のがこの瞑想の核心(p.17)です。

理解の対象と理解しようとする主体との隔たりが無くなるときにこそ、真の理解が訪れるのだから、瞑想実践者は観察者ではなくて参加者になりなさい(p.19)、という重要な指摘がなされています。

 

さて、気づきの瞑想の観察対象は身体・感覚・心・心の対象(法)の4種類に分けられると言いました。

それぞれを観察する瞑想法が、どのようなものかを見ていきましょう。

実践1:身体を観察しよう

身体の観察

身体の観察と言っても、様々な観点からの観察があり、全部で9+1の実践(エクササイズ)に分かれています。

その対象には、呼吸・全身・姿勢・動作・身体各部位・四大要素とのかかわり・身体の無常・幸福と安らぎが挙げられますが、そのうち特に重要なものを詳しくご紹介します。

呼吸を観察する

最初に学ぶのが呼吸への気づきです(エクササイズ1~3)。 息を吸いながら吸っていることに気づき、吐きながら吐いていることに気づきます。座ってこれを繰り返していくうちに、呼吸は意識的なものになります。

他事に意識がそれないよう、しっかり呼吸の初めから終わりまで集中を途切れさせないで、まずは10回の呼吸をやってみましょう。

また、長く吐いている(吸っている)ときには長く吐いている(吸っている)ことに気づき、短く(吐いている)ときにはそれに気づきます。

呼吸しているときに同時に全身に気づきます。呼吸しながら、同時に身体に気づいていると、体と心の壁が解け去り、心身一如となるとしています。

動作を観察する

動作への気づきと観察を行います(エクササイズ6)。 日常のあらゆる行為に気づき続けます。手を洗う、歯を磨く、顔を洗う、服を着る、食事をする、入浴する、排せつするなどのあらゆる行為が対象です。

気づきがあれば、日々の所作は調和し、優雅さ・慎重さが身に備わってきます(p.88)。昼も夜もなく、絶え間なく行い続けるエクササイズであることを覚えておきましょう。

詳しく知りたい方は、本書を読んでいただくことをオススメします(以下、解説続きます)

実践2:感覚を観察しよう

感覚の観察

二番目は、身体に起こる感覚を観察していく実践(エクササイズ)。

ここでは感覚を、快な感覚、不快な感覚、中性の感覚の3つに分けて観察していきます。

快感があるとき、「快感を経験している」と気づく。苦痛があるとき、「苦痛を経験している」と気づく。それが快感でも苦痛でもないときには、「中性の感覚を経験している」と気づく。

四念処経

それがどのような種類の感覚であっても、執着することなく、拒否もしない(放下:手放す)姿勢で、ただ観察していきましょう。これは瞑想に必要不可欠な態度です。また、その感覚が生まれ、持続し、やがて消えていく過程をも見分けていきます。

さらに、その感覚の源と、本質をも観察します。

身体に基づく(快・不快・中性の)感覚を観察し、あるいは心に基づく(快・不快・中性の)感覚を観察していきます。今感じている感覚が、身体か心かに基づく感覚ものであり、また快・不快・中性の性質の感覚のいずれであるのかを眺めていくプロセスです。

この観察によって、なぜその感覚が生まれてくるのか、原因と結果の関係が見えてくる(p.126)と言います。特に重要なのは中性の感覚であり、快でも不快でもない感覚を観察し続けるなら、どんなものでも快感へと変わっていく(p.136)とハン氏は述べています。

実践3:心を観察しよう

心の観察

三番目は心の観察。

心はいくつかの部分に分けられ、すでに述べてきた感覚に加え、認知(サンジュニャー)・思いの形成(チッタサンスカーラ)・意識(ヴィジュニャーナ)に分けられるのですが、特に思いの形成(チッタサンスカーラ)に注目しているようです(p.137)。

思いの形成と呼ばれている心理現象が、生まれ、存在し、消滅するようすに気づきながら観察します。気づきの灯りがともることによって、観察されている思いの形成が自然に健全なものに変容していく(p.139)点は重要でしょう。

欲求の観察を行うとき、欲求があるなら「心は欲しがっている」と観察し、ないなら「心は欲しがっていない」と気づき、心が緊張しているなら「緊張している」と、していないなら「緊張していない」と気づき、

心は落ち着いているなら「心は落ち着いている」と、そうでないなら「落ち着いていない」と気づきます。心が散漫であるとき「散漫である」と気づき、そうでないなら「散漫でない」と気づきます。

※心身の区分「五蘊」とは?

仏教の五蘊(ごうん)とは、人間存在を5つの要素に分析したもの。つまり、色・受・想・行・識です。色は物質ですが、残り4つは精神を指し、受が感覚、想が認知、行が思いの形成、識が意識と訳されます。

実践4:心の対象(法)を観察しよう

法の観察

最後は心の対象(法)の観察です。

ハン氏の解説がわかりにくいので、ここでは四念処経の訳文に則って理解していきます。心の対象を観察する際には、まず五蓋(ごがい:5つの障害)を観察を始めます。

五蓋(ごがい)の観察

心に肉欲があるときそれに気づき、ないときないことに気づき、生じたときそれに気づき、放棄したときにそれに気づき、放棄した後にも生じないことに気づきます。(肉欲以外の、怒り、退屈や眠気、動揺や後悔、疑いについても同様に観察します)。

五蘊(ごうん)の観察

五蘊とはすでに解説したように、色・受・想・行・識に分析された心身の5要素。

実践としては、身体(色)の生起と消滅を観察し、また感覚(受)の生起と消滅を観察し、……という風に続け、想・行・識でも同様に繰り返します。

六根(ろっこん)と六境(ろっきょう)の観察

六根は人間の感覚器官(眼耳鼻舌身+意識)のこと、六境はそれら感覚の対象(視覚聴覚嗅覚味覚触覚+意識によって把握される対象)です。

に気づき、その(視覚的)対象に気づき、その両者によってつくられる思いの形成に気づき、それが生起されること、また放棄されること、放棄された後にはもう起こらないことに気づきます。

これを同様に、耳・鼻・舌・身・意識(とその感覚対象)において行っていきます。

七覚支(しちかくし)の観察

七覚支は悟りの歩みを助ける7種の要素です。

(一瞬一瞬にきづく)・択法(よく識別・探究する)・精進(修行の活力)・(修行の喜び)・軽安(心身を軽やかに保つ)・(心の集中と安定)・(対象への執着を捨て、解放される)です。

心に気づき(念)があると気づき、気づきがないときにはないと気づく。まだ生まれたことのない気づきが生まれつつあるとき、それに気づき、すでに生まれた気づきが成就したときそれに気づく…。

これを択法以下でも同様に繰り返して観察します。

四聖諦(ししょうたい)を観察する

これが最後のパートになります。

四聖諦とは、ブッダの説いた4つの真理であり、苦諦(人生は苦であり)・集諦(苦悩とは様々な悪因を集めて起こり)・滅諦(そのような煩悩をもとに生まれる苦悩を滅し)・道諦(完全な解放を実現する方法)を指しています。

修行者は、苦しみが生じる時「これは苦しみである」と気づく。苦しみの原因が生じるとき「これは苦しみの原因である」と気づく。苦しみの終わりが現れるとき「これは苦しみの終わりである」と気づく。苦しみの終わりに導く道が現れるとき、「これは苦しみの終わりに導く道である」と気づく。

四念処経

まとめ

ざっくりではありますが、以上がブッダの気づきの瞑想の内容でした。

この四念処経、とにかく徹底的に(徹底的に!)観察し続けるので、尋常でない時間と集中力を割り当てねばならないことが良くわかると思います。

他のヴィパッサナー瞑想やマインドフルネスでもこれほど徹底した観察を行うことはないと思いますので、本気でブッダが説いた気づきの瞑想法を実践したい方にはオススメです。

ハン氏の解説はわかりにくいと何度か言いましたが、それはあくまで実践とかかわりのない記述が多いから。裏を返せば、仏教的な考え方を理解するための引用やたとえ話がふんだんにあり、瞑想中の体験や心構えについてもたくさん触れられています。

この本はきちんと読めば多くの学びを得られると思いますので、特に瞑想経験者にオススメしたい一冊。気づきの瞑想、マインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想に関心のある方はぜひ手に取ってブッダの考え方に触れてみてくださいね!

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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