【徹底解説】ヴィパッサナー瞑想センターのすべてを徹底的にレポートする【体験記】

2019年10月8日

修行編(瞑想法について)

瞑想は、集中力(禅定力)をやしなうアーナパーナと、徹底的に観察を行うヴィパッサナーに分けられます。 ここでは、アーナパーナ・ヴィパッサナーについてそれぞれ解説してみましょう。

集中力を高めるアーナパーナ

blue-girl 最初に倣う瞑想法がコレ。観察瞑想の土台となる集中力を養うため、最初の3日間はずっとアーナパーナのみを修養します。 まずは、鼻の下(図で言う▲)のところに呼吸する空気が出たり入ったりする感覚を感じ、それに集中していきます。 それに慣れると、その▲の領域に、空気の出入り以外の痒み・しびれ・熱さなどそのほかの感覚を探り、それに集中していきます。 最後に鼻全体△の領域に何か感覚がないかを探しだし、それを見つけて集中していきます。 瞑想法では一般的に、呼吸・マントラなど、何かはっきりした集中の対象に注意を向けて、気がそれてしまったらそのたびにまた意識を戻すという繰り返しを行いますが、アーナパーナでは鼻下(鼻全体)の感覚に集中するという瞑想法であり、少し変わっています。 しかし、これはのちのヴィパッサナーで全身の感覚を観察するための準備でもあると思われますので、ぜひしっかり練習しましょう。

感覚の観察を行うヴィパッサナー

瞑想 体の感覚を観察するのがここでのヴィパッサナーの特徴であり、4日目から本格的に取り組み始めます。 まずは、体表面の感覚を観察するのですが、細かく話すと長くなるのでザックリ解説すると、 頭のてっぺんからつま先までの体の各部位を、ひとつひとつ順番に観察していき、痒み・痛み・熱さ・湿った・乾いた・しびれた・汗をかいたなど、何かしらの感覚を探していきます。 頭頂→頭部→額→眉→目→……肩→上腕→ひじ→前腕→手……ふくらはぎ→足・つまさき のような形でとにかく一つ一つに感覚があるかないかを調べていきます。感覚を感じなければそこに1分から2分ほどとどまってさらにじっくり観察していきます。 これが基本的なやり方で、さらに体表面の感覚をもっとはっきり観察できるようになると「頭頂からつまさきまで流れるように意識を動かして観察しなさい」「左右対称同時に(両肩→両腕…みたいに)観察しなさい」とステップアップ。 8日目だったかと思いますが、体表面の感覚から今度は体の内部の観察にも言及され「体の表面を意識が貫くように(piercingly)、そして意識が体の中を浸透し(penetratingly)反対側に突き抜けるように」観察する方法が提案されました。 人間の感覚とは、もちろん肌表面だけではなく体の内部にもありますので、意識によってそれをくまなく感じていくというプロセスが含まれるわけですね。 では、こんな観察をすることで、いったい何の得になるのでしょう?私たちはどんな恩恵を受けるのでしょう?

修行編(瞑想の目的って?)

バブルボーイ このゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想の目的は"浄化(purification)"。 もともとヴィパッサナーは仏教にルーツを持つ瞑想法で、シャカ(ブッダ)が始めたもの。人生のあらゆる苦しみを克服するための有効な手立てとして利用されてきましたが、ここでは過去の苦しみの体験の反応(サンカーラ:行)を消し去っていく方法として提案されています。 私たちは嫌なことが起きると、憎んだり、怒ったり、悲しんだりして心の中に数多くの好ましくない感情や思考を増幅させていきます。それは着々と心の中に蓄積され、同じような状況に陥ると、一層腹を立てたり、憎しみを増大させていき、負の反応の連鎖を強化していくのです。 そのようなプロセスを、ただ観察する(just observe)ことで終わらせ、苦しみの体験の反応(サンカーラ)を滅していくのがこの方法の目指すところです。

修行編(私の瞑想体験)

参考になるかわかりませんが、私が体験した瞑想体験について少しだけお話しします。

修行6日目の苦しみ

いじめられっ子 6日目ごろ、私は疲労がピークに達していました。 瞑想修行によるものだけでなくて、相部屋のルームメイトの咳・歯ぎしり・いびき・寝言のせいです。 私は音に敏感なので些細な音でも神経がいら立つのですが、その人の激しい咳と歯ぎしり、そして楽しそうな寝言を夜中の1時ごろに延々と聞かされなければならない状況に、私は頭がおかしくなりそうでした。 そして反対側に寝ている人もそれに応じるように寝言を言い始め、私を挟んで寝言で会話し始める二人なんだこの狂気は?こいつら頭がどうかしてるんじゃないか?と本気で思い、叩き起こして説教してやろうかと思ったくらいですが、気を取り直して瞑想を始めることにしました。

怒り・憎しみ・敵意が溶けてなくなった

少女 ヴィパッサナー瞑想では体の感覚を重視します。怒りの感情や憎しみの感情が体にどのように表れるかをじっと観察していくと、違和感のある部分が見つかります。それをただ観察する(just observe)ことで、その感覚ごと、ネガティブな感情が消失します。 今回もまさにそうでした。雑音のオーケストラみたいなルームメイトにあからさまな敵意と怒りを感じていましたが、その感覚を観察することでその感情は溶けだし、すっと消えてしまいました。 これまでその人のことを見るたびに腹が立っていたのですが、翌朝以降、その人を見ても何も感じなくなりました。それどころか「この人は体か心のどこかに問題を抱えているんだ」という考えを持つことができ、憐みのような気持ちが沸き上がってくるのに驚きました。 その人のことを思い出しても、いまだに好ましい感情しか浮かんできません。本当にヴィパッサナーには感情的浄化の力があることをこのとき体験しました。

過去の記憶や、肉体的痛みにも効果がある

瞑想中はとにかく記憶やイメージが鮮明に思い浮かびます。 夢を見ているときのような鮮烈なイメージや没入感を得られますが、過去の記憶もまた同様に浮かび上がってきました。そんなとき、怒りや憎しみ、いら立ちや悲しみなどの感情に巻き込まれることなく、自分の体の感覚に注意を向け続けるなら、その感情は消えるのです。 また、とくに面白かったのが脚の痛みです。 瞑想は(たとえあぐらであっても)長時間脚を組んでいると、脚が痛くなってきます。そうすると耐えられなくなって姿勢を変えたり、足を崩しがちですが、ヴィパッサナーの要領で痛みを観察し続けると、「私が痛い」のではなく「痛みがそこにある」という客観的な認識が生まれます。 平静に、客観的に、無常(アニッチャ)であることを心にとめて、ただ観察すること―― それによって自己と痛みが切り離され、その認識が持続している間は痛みを苦痛と感じなくなります。そして、痛みの感覚がやがて溶けだし、心地よい感覚に変わって、痛みから解放されるのです。 毎回体験できるわけではありませんが、ただ観察することの力を感じることができました。   さて、ちょっと話が無くなってしまっていますが、以上が瞑想の実践に関する情報でした。 私は基本的にこの瞑想センターに来ることができて非常に満足しているのですが、批判せずに終わるとこの記事の読者の方にとって有益な情報を提供できませんので、あえてあら探しをしました。 <次ページへ>

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