【書籍紹介】エックハルトの『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』を解説してみた【スピリチュアル】

2020年1月13日

エックハルト・トール

原題:The Power of Now("いま"のちから). 

今回ご紹介するのは『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』(徳間書店)。“いまに在る"ことによって、思考や感情から自己を切り離し、苦しみやネガティブを溶かすことでさとりに至る、そんな内容が書かれた本。

スピリチュアル界隈で名の知れた著者エックハルト・トールは、簡単な言葉で話をしつつ、対話形式で文章を書いてくれているため、読みやすく仕上がっています。

苦しみを終わらせるためにどうすればいいのか?

今回この記事では、この本のテーマは何か?・今に在ることとは何か?・さとりのための方法とは?・エックハルトの用語について、この4点を詳しく解説していきたいと思います!

なお、エックハルト・トールの『ニュー・アース』に関連する記事も紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。

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本書のテーマ

本をざっくり理解するために、テーマを確認しておきましょう。

本書のテーマは、“今に在ること"によってあらゆる苦しみは取り除かれ、真の幸福に至る(=悟る)というものです。(関連KW:瞑想・禅・仏教・幸福

これは具体的にどういうことなのでしょう?詳しく見ていくことにします。

今に在ることって何?

常に意識的であるということです。

私たちは自分の意志で動いて、活動していると考えていますが、実際は過去に作り出した心の習慣や行動に基づいて"自動的に"行動しがち。

たとえば、自宅を出て買い物に出かけるなら、歩いたり、自転車に乗ったり、車に乗って出かけますが、そんなことは無意識のうちにできてしまうので、その途中にあれこれ考え事をしていますよね。

そのあれこれと考えていること(=雑念)は基本的に止められません。ほとんどの人は努力によっては自分の思考を止めるのは難しいと気づけるでしょう。このような雑念がBGMのように流れている状態をふつうの無意識の状態(p.102~)とエックハルトは呼びます。

ぼんやり歩き続けるようにあらゆることを無意識でやってのけますが、これが無意識でいることであり、今にない状態。逆に常に意図し、常に自覚している状態・醒めている状態を「今に在る」と呼んでいるのです。

“今に在る"とどうなるの?

今に在ることによって、あらゆる動作・思考に対して自覚的になることで「私は~をしている」「~を考えている」と客観視できることによって、あらゆる苦しみから自分を切り離すもっとも重要なステップになります。

私たちはあらゆるものを自分自身と混同しています。たとえば、勉強が得意な人は「自分が頭がいい」「勉強ならだれにも負けない」と自負しているかもしれません。

でも、自分より賢い人に議論で言い負かされたり、成績がガタ落ちしたらどうでしょう?その人は深く傷つくでしょう。このような、自分自身に対する考えや感情と自己を同一化していると、悩みや苦しみを生み出す原因になります。

悪口を言うあいつが悪い、恋人にひどい振られ方をした、会社が倒産してしまった、大切なものを盗まれてしまった……さまざまな悩みがありますが、悩みとしての性質自体は、心の問題にすぎません。

深く苦しみ、人生の難題に打ち負かされている状態を、重症の無意識状態(p.102~)と呼んでいます。今に在ることは、この重症の無意識状態に気づき(意識)の光を入れることで、苦しみを拭い、幸福に立ち返ることができるようになります。

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解決する方法は?

未来を見る少年

私たちは日常的な行動も思考も感情も、無意識的に生きているのがふつうだということを解説してきました。

それを意識的で自覚的にして、"今に在る"ためにはどうすればよいのでしょうか?方法を見ていきましょう。

無心状態になること

無心とは、まさに何も考えていない無思考の状態。仏教でよく聞くし、無心なんて言葉は冗談ぐらいでしか使わない人が大半かもしれませんが、禅や坐禅・瞑想では無心状態でいることが標準であり、特別なものではありません。

エックハルトは言います。

思考を客観的に眺めること……(を含め)無心状態をつくる方法が、いくつかあります。意識を100%「いま」に集中させて、思考活動を遮断するのも、そのひとつです。……思考活動をでき、意識が鋭敏であると同時に考え事をしていない「無心状態」になれます。

本書 p.34

たとえば階段を昇り降りするときに、呼吸はもちろん、その一歩一歩に全神経を集中させることを考えるとわかりやすいでしょう。また手を洗う時なら、水の音を聞き、水が手に触れた時の感触を感じ、石鹸の泡立てた香りをかぐ、という具合にやります。

ある程度知識のある方であれば、この無心をつくる方法というのが観照・ヴィパッサナー・マインドフルネスと呼ばれるものと同じであることがわかると思います。彼が提唱しているのはまさに気づきの瞑想そのものであり、その日常における実践なのです。

常に"インナーボディ”を感じていよう

インナーボディとは、物質的な肉体の内側にある、実体的なからだ(p.150~)とされています。

実践上は、肉体を内側から感じる(p.152)ことであり、常に自分の肉体感覚に注意を向け続けることを指します。ふだんからの無益で脅迫的な思考活動に消費している意識を、インナーボディを感じることに切り替えること。

文字を読んでいる最中であっても、その意識を全部使ってしまわずに、いくらかを自分のインナーボディに向けられるかを試してみましょう。体全体を、ひとつのエネルギー場として、内側から感じる(p.159)のです。

たとえ何かをしているときでも、ただ待っているだけの時であっても、あれこれと思考するのではなく、自分のインナーボディ(肉体感覚)を感じ、しっかり根を下ろすこと、このような心掛けがまさに、"いまに在る"ことなのです。

実践方法は本書の6章に書かれてありますので、興味のある方は手に取ってみてください。

“今に在る"ことで得られる4つのこと

潜在意識をクリアにする

本書中ではあまり整理されていないのですが、"今に在る"ことを通して無心の状態をつくることで、どんな結果を得られるのか、4つにまとめました。

苦悩が消え、幸福に満たされる

苦悩を終わらせて幸福となることが"今に在る"の重要なテーマした。

もし苦悩や辛さに気づいていて、その思考や感情をじっと捉え、思考に巻き込まれることなく(無批判に)観察するのなら、その苦悩は消え去ります。エックハルトは、凝集された意識のパワーはあらゆるものを純粋な意識へと変容させる(p.162)と表現しました。

ただ気づき続けること、いまに在り続けること、それがネガティブな感情を溶かしてしまうのです。また、それこそが手放しであり、ネガティブな感情を手放すことあるいは許すことは、この気づきや今に在るということの結果として生じるのです。

※手放し・許しについては後述します。

状況や事態が好転する

思考や感情など、自分の内側が変わるだけではありません。

今この瞬間を全面的に受け入れることは、不思議なことですが、問題となっている事態や状況が好転する契機となります。ニューソートや引き寄せの法則によって150年も前から言われていることに、エックハルトもまた触れているのです。

いまこの瞬間を、あるがままに受け入れることが「許し」です。これをおこなうと、心に奇跡的な変容が起こるだけでなく、外界にも変化が起こります。

p.240

強烈に「いまに在る」時には、「何もしないこと」自体が威力を発揮し、状況や人々を変化させたり、癒やしたりすることがあります。

p.285

頭の中が変わったからと言って現実が変わるわけがない、と思い込んでいる人こそ、このことを知ってもらいたいと思います。説明できないけれども、現実を変容させる何かしらの力が働くのだということを、実践を通して体験することになるです。

(観念上の)時間から解放される

悟りにおける時間論は、瞑想や禅の界隈ではよく言及されます。すなわち、過去や未来などは存在せず、この一瞬のみにしか時間が存在しない(という主観的感覚を得る)ということです。

曹洞宗の道元ははっきりこれに触れていますし、禅宗では盛んに「今、ここ」が強調されることは知られていますが、瞑想でも同様に、今に気づき続けることがそのエッセンスになっています。

結果的に従来の時間観は解体され、過去も未来も存在しない、今この一瞬のみが存在しているということに気づくようになるのです。エックハルトは、これを心理的時間と呼び、時計時間(客観的な時間)と区別して理解しています(cf.本書p.81)。

“大いなる存在"につながる

スピリチュアルな話のように思われますが(実際そうですが)、"大いなる存在"とつながるのが悟りにおける最終段階です。

無心をつくり、今に在ることを実践し続けていると、あらゆる生命の形態を超えた、唯一の「不滅の生命」が宿っているのが感じられるようになる(p.26)と言います。これを大いなる存在と呼んでいるわけですね。

この大いなる存在という表現は、実は珍しいものではありません。たとえばニューソート・引き寄せ・その他スピの文脈では、生命の根源のようなものを指して、無限の知性・ソースエネルギー・本当の自分・神・永遠のいのちなどという表現で語られてきました。

これは、体験的かつ圧倒的な存在であり、"さとり"において核をなすものだと言って過言ではないでしょう。

「さとり」という言葉を聞くと、わたしたちは、「聖人君子のみが達することのできる超人的な心境」……といった先入観を抱いてしまいがちです。

……しかし、真実は違います。「大いなる存在とひとつであること」そして「この状態を保つこと」こそが「さとり」なのです。

p.24

余談:エックハルトの用語解説

愛

この記事ではあまり触れなかったエックハルトの用語について簡単に解説して終わりたいと思います。

手放し・許し

これは"いまに在る"ことによって得られる、心情的・思考的変化です。

手放そうとすること、許そうとすることという行為ではなくて、ただ、いまに在る・観察する・気づく、といったことの結果として、許され、手放されるというような、質的な変化を指しているようです(cf. p.279)。

ネガティブな感情を観察することを通して、意識を「いま」に集中させることで、抵抗という「無意識」は、「意識」に変容し、それが許しや手放しとなるのです。このことは自己啓発でも瞑想でも引き寄せの法則でもスピリチュアルでも極めて重要なポイントになります。

エゴ

本書中では、エゴは「にせの自分」という意味で使われました(p.37)。

大人になるにしたがって、わたしたちは、個人的及び社会的環境に基づいて、「わたしは誰か」、というイメージを形成していきます。

この「にせの自分」は、またの名を「エゴ」と言います。……自分でも気づかない間に、思考を自分と同一視することで作られる、「にせの自分」を意味しています。

p.37

ちなみに、エックハルトの主著『ニュー・アース』のほうでは、心の仕組みとして紹介されていましたが、それと比べると砕けた表現になっています。

ペインボディ

ペインボディは過去の辛く悲しい体験によって作られた感情的な痛みのこと(p.56)。

過去の悲しい経験と重なる状況でのみ、ペインボディが目覚め、強いネガティブな感情が喚起されます。「怒り」「落ち込み」「うつ」「誰かを傷つけたい欲求」などの多数のパターンが存在しますが、ペインボディが目覚める瞬間にそれに気づき観察しつづけることが重要です。

なお、『ニュー・アース』のほうでは、より集合的な精神現象であり、かつ動的な存在として描かれていて、ちょっとした魔物を想起させるような表現でしたが、こちらではよりシンプルな言い回しでわかりやすく説明されています。

まとめ

最後までお読みいただきありがとうございます。

本書を手短に3行でまとめてみることにしましょう。

  • エゴによって"形"と同一化している状態(=無意識状態)を、
  • 今に在ること(=意識的に生きること)によって切り離し、
  • 大いなる存在とつながって(=さとり)、心の平安・至福を得る。

(※"形"とは思考・感情・社会的属性などのあらゆる対象のこと)

これは神秘的なことでも、難しいことでもなく、ただ「今に在る」という行為を行い続ければ理解できるでしょう。さとりとは神格化されるようなものではなくて、もっと気軽な実践から始められるものです。

私たちのようなふつうの人間にこそ必要な知識。エックハルトは難解な言葉や宗教的なアレルギーを起こしそうな言葉を極力避けて話をしてくれていますから、わかりやすく受け入れやすいので非常にオススメ。

関心のある方はぜひ一度本を手に取ってみてくださいね。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

参考文献

エックハルト・トール『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』(あさりみちこ訳ほか)徳間書店.

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