【思考と感情】私たちの中に住む”小人”をどうコントロールする?

2020年6月8日

田中ロミオ

私たちの中には小人が住んでいる――。

何それ?オカルト?スピな話?――いえいえ、違います。

当ブログでは「願いは叶う」「思いは叶う」を強調し、願うとか思うとか、自分が何を考えているのかに気づいて思考をコントロールしようとするノウハウを提供しています。

でもやってみればわかりますが、

思考のコントロールは難しいぜ……

と感じるに違いありません。ゲームのコントローラーとか車のハンドルとか「好きに押して!回して!」みたいなちょろいやつらではなくて、自動制御を失った航空機の操縦桿みたいなヤバさがあります。

自分の感情と思考をどうやってコントロールするか?どんな方法があるのか?

それがこの記事のテーマです。

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小人さん、反省してくれますか?

コビト

私たちの頭の中には小人さんがいて、操縦桿を握りしめています。

私たちをむりやりコントロールして惰性と堕落(だらく)にいざなってくるやつら。いったい何者なんでしょう?

小人閑居して不善をなす……?

儒教の礼記に、こんな言葉がありますよね。

しょうじんかんきょしてふぜんをなす、と読みます。これは「こびと」じゃなくて「しょうじん」です。「つまらない人間ほど、暇を持て余すとろくなことをしないんだ!」という手厳しい指摘ですが、これは自分を振り返るための大切な言葉。

私たち自身が小人(しょうじん)かどうかは別にして、私たちの中には小人的な部分はおそらく誰にでもあり、ふだんは真面目にやるけれどど、ちょっと時間が余ったり、状況がゆるしたりすると魔が差すというのもありうること。人間の性ですね。

小人(しょうじん)とはちょっと言い過ぎじゃないかと思うので、ここではやっぱり小人(こびと)と呼ぶことにしましょう。

こびとさんの正体

とにかく私たちの中の小人(こびと)は、暇を見つけては余計なイタズラを仕出かし、私たちを不安にさせ、腹立たせ、失望させ、たいして満足できない・訳にも立たないことをやらせようといつも小躍りしています。

この小人さんのことを、カール・ヒルティは「ペテロの古き人」と指摘し、マイケル・J・ロオジエは「ネガティブ・ネリー」と名づけ、パム・グラウトは「トイレットトレーニングすべき仔犬」と呼びました。

仏教ならシンプルに「煩悩だよ」と教えてくれるに違いありませんし、スピリチュアル・ニューエイジ・精神世界などでは単に"マインド“と呼ばれますし、エックハルトならエゴと呼ぶかもしれません。どんな名前で呼ばれようと、私たちの心の中の存在(または心の性質)として恐れられてきたわけです。

あなたの願いが叶わない理由

当ブログはマインド万能論を称賛するわけではありませんが、マインドをよくよく観察するとどれほどの無駄があるのかがわかります。思考は集中できず、感情がかき乱され、気乗りがしない――。決意したけど3日で飽きるし、信じたくても信じられないし、ダイエットも捗らない。

アファメーションやイメージングに時間を割いて、ごく短い時間だけ願いが叶った幸せな気分を味わっても、それ以外の時間の思考が管理されていなければ、自分の願望に悪影響を与え続けてしまいます。宣言や視覚化は重要な技法ですが、本質的な行為ではありません。

小人さんに飴を与えていい子にさせることができるのは、飴を舐め終わるまで。素敵な現実化のためのささやかな時間が終わってしまったら、小人はまたいたずらを始めてしまうでしょう。小人(こびと)閑居して不善をなすのです。じゃあ、どうすればいいの?

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こびとさん、じっとしててくれますか?

魔法詠唱

みなさんは、願い事を叶えたいし、理想を実現したいし、あこがれる立派な人間になりたいという意識高い系な人のはず(当ブログはそんな感じのブログなのです)。雑念・煩悩・自動思考etcを制御することで人生をコントロールできることを知っているはずです。

小人さんにちょっと黙っててもらう(≒心をコントロールする)ために、できることがいくつかあります。目的別にそれぞれご紹介してみましょう。

(1)高ぶりを鎮め、集中した意識を導く

瞑想

生活上の過多な刺激のせいで思考は散らばりがち。

一方、深い集中は生活のあらゆる面で役立つだけでなく、現実化していくための必須条件。どの方法で集中を得るかチェックしましょう。

瞑想・坐禅

ポピュラーでありながら最強の方法である瞑想。ポップアップしてくる雑念をぷちぷち潰しながら、雑念が湧かなくなるまで自分の心理現象と向き合います。雑念が湧かなくなると心が清らかになり、かつ集中力と感受性が格段に上がります。

方法は種々ありますが、内容的には(禅宗の坐禅も含めて)静かに座って雑念を止めて集中を導いていく方法が一般的。すべてに共通する決まったやり方はありませんが、静かな場所に行き、つぎのような手順で15分間ほど行います。

①楽な姿勢で座り(できれば姿勢を正して)、②目を閉じるか半眼で、③ゆったり呼吸しながらそれを数え、④雑念が湧いたら絶えず意識を呼吸に戻して数の数え直し。10まで数えたらまた1に戻って数えていきます(これ数息と呼びます)。

リラックスしてやり続けるなら、うとうとと心地よくなったり、恍惚感を感じられるようになるでしょう。雑念が沸かなくなったらしめたもの。小人さんを眠らせている状態ですから、あなたが思考の全権者。人生を謳歌しましょう。

瞑想を詳しく実践したい方向け↓

節目ごとの意図確認

思考整理と集中の方法としては、エイブラハムの節目ごとの意図確認がオススメ。節目とは、生活時間上の任意の区切り目です。朝ベッドを出てから歯を磨くまでとか、自転車や車に乗ってから、学校や職場につくまでとか、ちょうどよい一区切りがたくさんありますね。

その一区切りに入る前(出かける前や、人に会う前)に、『この節目(Segment)で達成したいことは何か』を明確に想定します。デートの前に、試験の前に、会議の前に。タイムセールやバーゲンセールも頑張ってください。その節目における目的がはっきりすれば意識は収束します。

自分の達成したい目的に向かって思考が振り向けられれば、思考の無駄が減り、願望実現がはかどります。心地よい気分でやるのがコツですね。

(2)イメージや言葉が心になじみやすいようにする

マインド重視の現実化の方法では、アファメーションやイメージング(ヴィジュアライゼーション)が欠かせません。雑念や煩悩に振り回されている限りは、これは無益に終わってしまいます。うまくハックする方法はないでしょうか?2つ挙げてみましょう。

眠りながら……

ジョセフ・マーフィの『眠りながら成功する』は成功哲学の名著。その中で「眠たくてうとうと・うつらうつらしているとき」であれば、イメージングやアファメーションが成功しやすいと教えてくれます。そもそも催眠に端を発したニューソートに由来する正統派とさえ言えそう。

座ったり、横になった状態で、心身を脱力させます。この上なくぼんやりして眠る直前の感覚を味わいながら、願望が実現している様子をイメージし、それが実現していると実感しながら、そのときの気分をたっぷり味わいます。アファメーションでも同様です。

こうすることで、意識がピンピンしているときに働きがちな批判的な心(小人さん)は静かなので、みなさんは意図した通りに心を動かしていくことができます。この方法はものすごくオススメなので、ぜひ試してみてください。寝落ちしてもOKで、損はしません。

繰り返す

これは私からの個人的な提案なのですが、同一の言葉でもイメージでも、延々たる繰り返しがオススメ。なるべくリラックスした状態で、願いが叶っているシーンや言葉をとにかく繰り返します。力むことなく、柔らかくゆったりと、同じ言葉・イメージをずーっと繰り返します。

逆に、長すぎる言葉をつらつらと詩人みたいに述べてみたり、注意も焦点も定まらないイメージを漫然と描くのではなく、たった一点に絞ってしまうことで力を発揮します。そしてそのイメージが現実のものだということを実感できるまで続けてみてください。

(3)不快な感情を整理する

怒っている

普段から気分が傾きがちだったり、折に触れて嫌なことを思い出したりするなら、感情をすっかり変えてしまう必要があるでしょう。これも意識的な努力では難しいので、リラックスしたり瞑想を併用することをお勧めします。

波動の整理(信念の架け橋)

たった一つの(もしくは少数の)不快な出来事が引っかかって心を乱しているときに使える方法です。これは波動の整理(信念の架け橋)と呼ばれるエイブラハムの方法です。体系的に説かれているわけではない(私が知らないだけ?)のですが、次のような手順があります。

  1. 自分にどんな出来事が起きたのか?
  2. それでどんな気分や感情になったのか?
  3. 何が望みであるのか?

これを一つずつ丁寧に確認していきます。エイブラハムは、不快な出来事をコントラストと呼び、自分の願望を知る良い契機であると捉えています。不快な出来事に注意も関心も奪われてしまっているとき、その背後にある自分の願望に気づくことは大きな浄化になります。

ぜひ試してみてください。

マーフィー&ネヴィルのゆるし

私たちの感情的不和の原因は、おおむね人間関係です。怒り、憎悪、恐怖などを他者に、あるいは自分にさえ感じることがあります。マーフィーやネヴィルの『ゆるし観』は独特のものであり、心の浄化と願望実現法を兼ね備えた素晴らしい視座を持ち合わせています。

  • マーフィーは、たとえ好きになれない相手でも、仲良くなれない相手でも、その人の人生の幸福・繁栄・充実を祈ってやることはできると言いました。最初は抵抗がありますが、許せない相手が「幸福でいる・繁栄している・充実している」様子を思い描いてやることをすすめました。
  • ネヴィルは、相手が自分の理想を実現している様子を思い浮かべることを勧めました。その人が何を考えているかは別にして、自分(あなた)が望む願望をその人が達成している様子を思い描きます。罪には「的を外す」という神秘的意味があり、自分の願望から外れているという理解に由来します。

仏教でもキリスト教でもゆるしというのは宗教上の極めて重大なテーマですが、相手を許すことは自分自身が許されることであるというのはくどいほどあらゆるところで言われ続けていました。にもかかわらず私たちは熱い炭で自らの手を焼き、他人の目の中の丸太ばかり気にします。

これは空想でも絵空事でもなく心理的な事実であり、真剣に向き合った人にはその恩恵が与えられる、と思います。人を許せなくて苦しい思いをしている人はぜひ実践してみてくださいね。

いかがだったでしょうか?

本記事のテーマは小人さんたちを巧みに誘導して、操縦桿を奪い返し、私たちが真に自分らしい人生を生きるための方法を提案しました。

ここに書かれてあることのほとんどは、多くの先人たちの知恵と模索の結果として授けられたものです。精神に関しての人間の理解はまだまだ浅いのかもしれませんが、自分自身を成長させていくために、ぜひ取り入れていきたいものですね。

惰性で生きて小人に支配されるのではなく、理性と展望に生きて小人と自分をついに支配する――。私はそんな人間になりたいと考えますが、みなさんはいかがでしょうか?

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最後までお読みいただきありがとうございました!

参考文献

エスター・ヒックス,ジェリー・ヒックス(2007)『エイブラハムとの対話』(吉田利子訳)SBクリエイティブ

エスター・ヒックス,ジェリー・ヒックス(2011)『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話 富と健康、成功を引き寄せ幸せになる究極の方法』アウルズ・エージェンシー

ジョセフ・マーフィ(1968)『眠りながら成功する』(大島淳一訳)産能大学出版部.

ネヴィル・ゴダード(2016)『もう君はそこにいる』(新間潤子訳) ヒカルランド.

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