ネガティブな感情を手放すって何?+【心の仕組み】

2019年9月26日

不安と悲しみ

ネガティブな感情や思考に囚われて抜け出すことができない――

そこから抜け出そうとする方法が『手放し』です。

願望を手放すとか、
執着を手放すとか、
抵抗を手放すとか、
言い回しがいろいろあってややこしいけど結局どう違うの?どうしたらいいの?と疑問を抱えている方もいるかもしれません。

今回は、タイトル通り「ネガティブな感情を手放す」という意味と内容を解説しつつ、ていきたいと思います。

なお、現実化(引き寄せ)を成功させるために「願望を手放す」方法は以下で詳しく紹介しました。

※解説していく上での根拠・出典

当ブログでは根拠と出典を示すことに力を入れています。

今回は手放しを独自に意味づけて捉えたため、直接参照した文献はないのですが、手放しに関して参考にしているものはいくつかあるので、ここで列挙しておきたいと思います。

エックハルト・トール『ニュー・アース』(サンマーク出版)

ジョー・ビタリー『ザ・キー』(イースト・プレス)

イハレアカラ・ヒューレン『ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ』(徳間書店)

ヘイル・ドゥオスキン『人生を変える一番シンプルな方法』(主婦の友社)

リーラ・ラブガーデンほか『悟りのシンクロニシティ』(ヒカルランド)

etc….

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ネガティブな感情を手放すって?

バブルボーイ

手放すという表現自体、「手から離れていく」という比喩です。

曖昧に使われることが多いので、まずは意味をはっきりさせておきましょう。

人はあらゆる感情に囚われる

感情は自分に対して強い力を持っています。ああしよう、こうしようという意図(意志)をまったく無視してどんどん同じ感情を再生産し、行動まで強制してしまうチカラがあります。もちろんこれはポジティブな感情にも当てはまること。

たとえば恋愛感情は(基本的に)楽しくて素晴らしい気分になれますが、いつでもその人のことが頭から離れなり、相手をずっと意識し続けてしまいます。また、趣味に没頭しているときは楽しさのあまり寝食を忘れて夢中になりますが、自分でその勢いを止めることができません。

これらが問題になりにくいのは自分にとって心地よく、比較的他者との関係も壊さないことが多いから。ときには人生の質に大きく貢献してくれることさえあります。

暗い感情だから問題になる

不安・恐怖・憎悪・怒りなど囚われるとそうはいきません。ネガティブな考えと感情に苦しみ、人間関係が壊れ、過去や展望が歪み、今やるべきことにも手がつかなくなります。私たちはそうなってから「どうにかしなければ」と問題意識を持ち始めるわけです。

しかし、よく考えてもみれば、豪雨の後の水嵩と勢いの増した川で泳げるはずがないのと同じこと。激しい感情の流れの中にあってはただただ押し流されるばかりでコントロールがそう簡単にできるはずもありません。

感情に流されないように必死にもがくのではなんの成果も上がらないでしょう。手放しというのは、その原因に直接アプローチして、感情の流れ自体を低減(解消)させようとする試みなのだと思って差し支えありません。

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手放しの定義

プロフィール

当ブログ(ココブロ)独自に、手放しを以下のように定義しています。

特定の感情と思考に囚われている(やめようと思ってもやめられない)状態から、解放されること。

ココブロの「手放し」の定義

抵抗を手放すというのは、自分が望んでいることや求めているものに対して「無理なのではないか」「できそうにもない」といった、逆方向の思いとそれに伴う感情の囚われから解放されることを指します。

執着を手放すというのは、「それがなければ私は生きらない」などの喪失への強烈な不安感・恐怖感やそれにまつわる思いの囚われから、解放されることを指します。

ネガティブな感情を手放すというのは、それらを含め、大切なことに対して強い不快な感情とそれにまつわる思いの囚われから、解放されることを指します。

なんとなく、お気づきかと思いますが、感情の種類がちがうだけで、根本はどれも同じ。対処法も全部同じなのです。

手放しについて理解したい3つのこと【心の仕組み】

悩み

以上のことから学ぶことができるのは次の3つです。

執着・苦悩・抵抗はすべての"内面的"なこと

私たちはいつも誰かを責めていて時には自分にもその矛先が向きますが、その思いはただのイメージや思考にすぎず、本当は自分自身とは何の関係もない勝手な考えなのです。

  • 私はあの人なしには生きていくことができない。
  • 会社は(国は・社会は・親はetc)私のことを見限った。
  • 私は太り過ぎている。痩せなければならない。
  • 私は性格も悪いし、取り柄もないし、生きていく価値もない。

こういった悩みは苦悩を抱える方は多いでしょう。でもこれらは、すべて考えに過ぎず、自分と本質的に何の関係もないのに、感情と考えは混ざり合って自己と一体化(同一化)しています。

もし、あなたが以上のような考えをもってつらい思いをしているとき、こんな言葉をかけられたらどう思いますか?

そんなことで悩んでいるの?それは妄想だよ?事実じゃないのに、なんでそんなことで苦しんでるの?

ずいぶんひどい言葉ですよね。

でもこう言われて傷ついてしまうということは、思考・感情と同一化しているということであり、エゴという心の仕組みに絡めとられているのです。

まずは"気づく"こと

気づきとは、心理学的な言葉に置き換えればメタ認知という言葉に近いでしょう。自分の思考や感情を対象化して認識する能力です。

  • 自分は今~なことを考えている。
  • 自分は今~な感情を抱いている。

これこそが気づきの意味なのです。そして、気づくことによってその苦しみを生み出す思考や感情は弱まったり、(好ましい質へ)変容したり、消し去ることができます。そして、エックハルト・トールの言うように、気づきとエゴ(同一化する心理機能)は共存できません。

気づきは光であり、心の闇を照らす――これは詩的な比喩では決してなく、そのままの体験的な説明なのです。そしてこの力を飛躍的に高めてくれるのが気づきであることは言うまでもありません。

本来の自己・本当の自分の意味

私たちが、ふだん自分だと思っているのものは、エックハルトの言葉を借りれば精神的構築物です。私は~私の~私を~といった認識によって外的な事物を自己に紐づけ、やがて取り込んで同一化してしまうプロセスの結果出来上がった虚構なのです。

>>エックハルトの著作『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』を解説!

なぜそんなことが言えるのでしょう?それは、気づきによって諸々の思いを「自分ではない」と気づいて、切り離し続け、その結果切り離されたものがただの思いに過ぎなかったことを知ることができるからです。

そのような言語と過去体験を素材にして形成してきた自己概念を、気づきによって切り離し続けたところに残るのが真実の自己・本来の自己なのです。これを仏教では五蘊非我(精神も物質も私ではない)と表現しますが、このプロセスにこそ手放しの完了があると言えます。

まとめ

いかがだったでしょうか。最後のほうはなんだか内容が難しくなってしまいましたが、人生のあらゆる苦しみは、自分の考えにのめり込んで、その考えが自分の一部になっていることが原因だと言えます。

そして、手放しとは「ネガティブ感情からの解放」であり、そこにたまってしまった不満や怒りや恐怖のような感情を取り去る方法なのです。

まずは自分の感情に気づいて、自分と思いは別なんだ、ということを把握していくことで、心に晴れやかな気持ちが湧き上がってくるのを感じることができるでしょう。

具体的にネガティブな感情を手放す方法に関しては、たくさん記事を用意していますので、下のリンクからチェックしてみてくださいね。

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