【思考と感情】私たちの中に住む”小人”をどうコントロールする?

田中ロミオ

私たちの中には小人が住んでいる――。

何それ?オカルト?スピな話?――いえいえ、違います。

当ブログでは「思いは叶う」を大切にし、自分が何を考えているのかに気づいて思考をコントロールしていこうぜというノウハウを提供しています。

でもやってみればわかりますが、

思考のコントロールは難しいぜ……

と感じるに違いありません。ゲームのコントローラーとか車のハンドルとか「好きに押して!回して!」みたいなちょろいやつらではなくて、自動制御を失った航空機の操縦桿みたいなヤバさがあります。

自分の感情と思考をどうやってコントロールするか?どんな方法があるのか?

それがこの記事のテーマです。

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小人さん、反省してくれますか?

コビト

私たちの頭の中には小人さんがいて、操縦桿を握りしめています。

私たちをむりやりコントロールして惰性と堕落(だらく)にいざなってくるやつら。いったい何者なんでしょう?

小人閑居して不善をなす……?

儒教の礼記に、こんな言葉がありますね。

しょうじんかんきょしてふぜんをなす、と読みます。これは「こびと」じゃなくて「しょうじん」です。「つまらない人間ほど、暇を持て余すとろくなことをしないんだ!」という手厳しい指摘ですが、これは自分を振り返るための大切な言葉。

私たち自身が小人(しょうじん)かどうかは別にして、私たちの中に小人的な部分はおそらく誰にでもあり、ふだんは真面目なのだけれど、ちょっと時間が余ったり、状況がゆるしたりすると魔が差すというのもありうること。人間の性ですね。

小人(しょうじん)とはちょっと言い過ぎじゃないかと思うので、ここではやっぱり小人(こびと)と呼ぶことにしましょう。

こびとさんの正体

とにかく私たちの中の小人(こびと)は、暇を見つけては余計なイタズラを仕出かし、私たちを不安にさせ、腹立たせ、失望させ、たいして満足できない・訳にも立たないことをやらせようといつも小躍りしています。

この小人さんのことを、カール・ヒルティは「ペテロの古き人」と指摘し、マイケル・J・ロオジエは「ネガティブ・ネリー」と名づけ、パム・グラウトは「トイレットトレーニングすべき仔犬」と呼びました。

仏教ならシンプルに「煩悩だよ」と教えてくれるに違いありませんし、スピリチュアル・ニューエイジ・精神世界などでは単に"マインド“と呼んでいます。その中でもエックハルト・トールならエゴと呼ぶかもしれません。

どんな名前で呼ばれようと、私たちの心という存在(またはその性質)の危うさは繰り返して認識されてきたわけですね。

あなたの苦しみが終わらない理由/願いが叶わない理由

私たちは自分のマインドをよくよく観察するとどれほどの無駄があるのかがわかります

思考は集中できず、感情はかき乱され、ちっとも気乗りがしない――。決意したけど3日で飽きるし、信じたくても信じられないし、ダイエットも全然捗らなくてタピオカが終わったので今度はマリトッツォですね。おいしいですよ、マリトッツォ。

願望実現のために、アファメーションやイメージングに時間を割いて、ごく短い時間だけ願いが叶った幸せな気分を味わっても、それ以外の時間の思考が管理されていないので自分の願望に悪影響を与え続けてしまいます。

またちょっとしたことでイライラしたり、それを翌日、翌々日までひきずって心のなかに苛立ちや恨みをため続けてしまうなんてことも日常茶飯事ですね。

愛に喜び感謝を胸に抱いて世の美しさを語った3分後に、嫌悪・憎悪で悪態をついてしまうのはまさに小人さんのなせるわざなのです。

小人さんに飴を与えていい子にさせることができるのは、飴を舐め終わるまで。

素敵な現実化のためのささやかな時間が終わってしまったら、小人さんはまたいたずらを始めてしまうでしょう。

小人(こびと)閑居して不善をなす

じゃあ、どうすればいいの?

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こびとさん、じっとしててくれますか?

魔法詠唱

誰しもこの苦しみから逃れたいし、願わくば願い事を叶えたいし、あわよくば理想を実現しあこがれる立派な人間になりたいなという気持ちがどこかにあるはず。そして、これを読んでいる皆さんは雑念・煩悩・自動思考を制御することで人生がコントロールできることも知っているかもしれません。

小人さんにちょっと黙っててもらう(≒心をコントロールする)ために、どんなことができるのでしょうか?

2つご紹介してみましょう。

1. 瞑想で高ぶりを鎮め、集中した意識を導く

瞑想

ポピュラーでありながら最強の方法である瞑想。わきあがってくる雑念をぷちぷち潰しながら、雑念が湧かなくなるまで自分の心の現象と向き合います。雑念が湧かなくなると心が清らかになり、かつ集中力と感受性が格段に上がります。

方法は種々ありますが、禅宗の坐禅も含めて、静かな場所でつぎのような手順で15分間ほど行うとよいでしょう。

①楽な姿勢で座り(できれば姿勢を正し)、
②目を閉じるか半眼で、
③ゆったり呼吸しながらそれを数え、
④雑念が湧いたら絶えず意識を呼吸に戻して数の数え直し。
10まで数えたらまた1に戻って数えていきます(これ数息と呼びます)。

リラックスしてやり続けるなら、うとうとと心地よくなったり、恍惚感を感じられるようになるでしょう。雑念が沸かなくなったらしめたものです。小人さんを眠らせている状態ですからあなたが思考の全権者です。人生を謳歌しましょう。

瞑想を詳しく実践したい方向け↓

2. 不快な感情を整理しよう

怒っている

普段から気分が傾きがちだったり、折に触れて嫌なことを思い出したりするなら、感情をすっかり変えてしまう必要があるでしょう。これは意識的な努力ではほとんど不可能なので、瞑想を併用することをお勧めします。

波動の整理(信念の架け橋)

たった一つの(もしくは少数の)不快な出来事が引っかかって心を乱しているときに使える方法です。これは波動の整理(信念の架け橋)と呼ばれるエイブラハムの方法です。体系的に説かれているわけではないのですが、次のような手順があります。

  1. 自分にどんな出来事が起きたのか?
  2. それでどんな気分や感情になったのか?
  3. 何が望みであるのか?

これを一つずつ丁寧に確認していきます。エイブラハムは、不快な出来事をコントラストと呼び、自分の願望を知る良い契機であると捉えています。不快な出来事に注意も関心も奪われてしまっているとき、その背後にある自分の願望に気づくことは大きな浄化になります。

ぜひ試してみてください。

マーフィー&ネヴィルのゆるし

私たちの感情的不和の原因は、おおむね人間関係です。怒り、憎悪、恐怖などを他者に、あるいは自分にさえ感じることがあります。ジョセフ・マーフィーやネヴィル・ゴダードの『ゆるし観』は独特のものであり、心の浄化と願望実現法を兼ね備えた素晴らしい視座を持ち合わせています。

  • マーフィー:たとえ好きになれない相手でも、仲良くなれない相手でも、その人の人生の幸福・繁栄・充実を祈ってやることはできると言いました。最初は抵抗がありますが、許せない相手が「幸福でいる・繁栄している・充実している」様子を思い描いてやることをすすめました。
  • ネヴィル:相手が自分の理想を実現している様子を思い浮かべることを勧めました。その人が何を考えているかは別にして、自分(あなた)が望む願望をその人が達成している様子を思い描きます。罪には「的を外す」という神秘的意味があり、自分の願望から外れているという理解に由来します。

仏教でもキリスト教でもゆるしというのは宗教上の極めて重大なテーマですが、相手を許すことは自分自身が許されることであるというのはくどいほどあらゆるところで言われ続けていました。にもかかわらず私たちは熱い炭で自らの手を焼き、他人の目の中の丸太ばかり気にします。

これは空想でも絵空事でもなく心理的な事実であり、真剣に向き合った人にはその恩恵が与えられる、と思います。人を許せなくて苦しい思いをしている人はぜひ実践してみてくださいね。

まとめ

本記事のテーマは小人さんたちを巧みに誘導して、操縦桿を奪い返し、私たちが真に自分らしい人生を生きるための方法を提案しました。

ここに書かれてあることのほとんどは、多くの先人たちの知恵と模索の結果として授けられたものです。精神に関しての人間の理解はまだまだ浅いのかもしれませんが、自分自身を成長させていくために、ぜひ取り入れていきたいものですね。

惰性で生きて小人に支配されるのではなく、理性と展望に生きて小人と自分をついに支配する――。私はそんな人間になりたいと考えますが、みなさんはいかがでしょうか?

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最後までお読みいただきありがとうございました!

参考文献

エスター・ヒックス,ジェリー・ヒックス(2007)『エイブラハムとの対話』(吉田利子訳)SBクリエイティブ

エスター・ヒックス,ジェリー・ヒックス(2011)『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話 富と健康、成功を引き寄せ幸せになる究極の方法』アウルズ・エージェンシー

ジョセフ・マーフィ(1968)『眠りながら成功する』(大島淳一訳)産能大学出版部.

ネヴィル・ゴダード(2016)『もう君はそこにいる』(新間潤子訳) ヒカルランド.

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