【書籍紹介①】宝彩有菜の瞑想って?内容をわかりやすく解説してみた【解説編】

2019年5月24日

宝彩有菜 瞑想

宝彩有菜(ほうさいありな)さんの『楽しもう。瞑想』

この本は、マインドフルネス瞑想や坐禅などとは一線を画した、独創的な視点で書かれた瞑想の解説書です。

私たちは自分でも理解できない苦しみに苛まれたり、同じようなつらい経験を繰り返すことがありますが、この瞑想法によって、その原因となる「プログラム」とその記憶を取り除くことで、心の浄化と幸福を達成しようとします。

体験ベースの理に適った解説をしながらも、簡単・シンプルに・楽しく学ぶことができるのが本書の魅力!瞑想法のエッセンスを知りたい方は、ぜひ一度は読んでおきたい良書です!

今回はこの『楽しもう。瞑想』の解説編として、宝彩有菜の瞑想法を手短かにご紹介してみたいと思います!

※なお、後日実践編の記事を更新予定ですので、お楽しみに!

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宝彩瞑想の概要

瞑想と気づき

瞑想は、提唱している人によって考え方が異なるため、まずはその瞑想の目的をチェックしておきたいもの。

宝彩有菜にとって、瞑想とは何か、瞑想の目的は何かというポイントを見ていきましょう。

瞑想とはどんなもの?

瞑想とは、苦行でもなく宗教に属するものでもく、誰にでもできる簡単な技術(p.20)だと捉えられています。

瞑想と言うと、山に籠って苦行をしなければならないものだと思ったり、専門的に何年も修行しなければならない神秘的なものだと思っている方も多いかと思いますが、そうではないのです。…(中略)…誰にでも簡単にできて、しかも、やってみるとすぐにわかりますが、とても楽しいものです。

pp.18-19

瞑想の目的は心の底から幸せになること

宝彩瞑想では、心の底から幸せになることが目的(p.23)だと明言しています。

例えば、私たちが欲望を持つと、それが叶えられなければ苦しみに変わります。また、何かに怒りや憎しみを感じてしまえば、それもまた苦しみです。そのような欲望や怒りなど、苦しみの原因になるものを、元から消し去ってしまうのが、この瞑想法の特徴なのです。

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宝彩瞑想の特徴って?

本を読んでいる

もっと宝彩瞑想の特徴を掘り下げていきましょう。

瞑想では、「無心になる」「心を空っぽにする」「無思考の状態にする」というのはよく知られていますが、この瞑想法では従来の方法の問題点を指摘しながら、そこに改良を加えています。宝彩氏の2つの指摘と1つの提案を見ていきましょう。

指摘①:集中による無思考を否定

何か1つのことだけを徹底的に考え、集中しているのなら、ほかのことを考える暇はありませんよね。そのような集中によって無思考を導こうとするやり方を批判しています。

ここで宝彩氏は具体的にどんな方法なのかを解説していませんが、伝統的には息を数えることに集中する「数息」や、公案と呼ばれる命題を心の中で抱き続ける方法がありますが、これらについて指摘しているのかもしれません。

一方的な集中だけでは、無思考には至れないと宝彩氏は考えています。

指摘②:観照による無思考を否定

観照とは、自分の思考に気づいてその思考から抜け出せばよい(p.48)という方法であり、気が散りやすい状態にすること(p.49)と宝彩氏は捉えています。

観照はOSHO(ラジニーシ)などが使う言葉ですが、流れ続ける思考や対象に巻き込まれることなく観察し続けることであり、たとえば日常生活上での今この瞬間にあり続けるマインドフルネスはこれに該当すると思われます。禅宗なら動中禅と呼ぶものを含むかもしれません。

気づきだけは無思考に至ることはできず、意識は限りなく薄く広がるものの思考がなくなるには至らない(p.49)と考えています。

提案:思考の種を片付けよう

集中や観照といった、従来の方法では解決しがたい雑念や思考にどう対処するのか?宝彩瞑想では思考の種を片付けるという方法を提案しています。

詳しくは実践編の記事でお話ししますが、瞑想中にマントラ(無意味な音)を唱えて注意を固定しつつ、雑念が出てきたらそれに気づき、その思考・思いを「棚上げする」という方法を取ります。この思考の片づけ段階を実践瞑想と呼びます。

では、具体的にどんなプロセスでやっていくのかを見ていきましょう!

宝彩瞑想の全体のプロセス

見ている

本書で取り扱われている範瞑想プロセスの全体像を説明していきましょう。

大まかには実践瞑想と境地瞑想の二つに分けられています。

実践瞑想

環境からの刺激や五感の情報、また雑念・思いなどを片付けていく最初の段階です。意図的・意識的な働きかけを必要とします。

思考しているときは、作業用の机の上で書類で散らかっている状態。「思考の種」という書類が散乱している状態をきれいに片づけていき、机の上からをすっきりさせる(p.29)のが最初のプロセスです。

これがうまくいくと、うつうつとした気分が解消して気持ちが楽になります。また睡眠時間が短くなったり、記憶力が向上するとも(p.29)。宝彩瞑想は1セット15分ですが、これを15分間きちんとやるだけでも気分が大きく変わるのを体験できるでしょう。

境地瞑想

「思考の種」がある程度片づけていくと、考えるべき仕事がなくなり、心の中はとても静かになります(p.31)。このような思考(雑念)の途絶えた状態が第二段階です。この段階では意図的な働きかけをやめて、ただじっとしています。

このとき瞑想中に起きるのが「過去の閲覧」「プログラムの変更」「エクスタシーの体験」の3つです。

①過去の閲覧

自分の幼かったころの体験などをありありと思い出す体験です。

幼稚園の時の靴や、食卓の様子、小学校の校庭、おもちゃなど(p.32)、忘れていた記憶をありありと再体験することができます。これが自由に体験できるようになると、過去の(忘れていた)膨大な記憶の倉庫に常にアクセスできるようになり、

同時に「生きていてよかった」「自分は大丈夫なのだ」という大きな感動を感じることができるようになります。

②プログラムの変更

幼少期以来、私たちは体験・経験によって自動的な(無意識的な)反応や行動パターンを形成していきますが、宝彩氏はこれを「プログラム」と呼んでいます。

たとえば、暗いところで恐怖を味わった人は、その後も暗いところに行くと強い恐怖感を感じるようになるかもしれません。また、対人上で辛い経験をしたら、対人関係にトラウマを抱え込むこともあるかもしれません。

マインドは自動的にこのようなプログラムを作り出し、一定の条件の下で同様の反応をするような仕組みを創り出すのですが、結果的にそれが生きづらさに繋がってしまいます。

境地瞑想中にプログラムの原因となった原体験がありありと想起されると、このような感情や行動の反応を引き起こすプログラム自体が消滅します。宝彩瞑想における浄化とは、このプログラムが消えてなくなることを指しているのです。

③エクスタシーの体験

エクスタシーとは、「超」リラックスしているときに起きる快感(p.114)であり、境地瞑想中の印象的な体験の一つ。

過去の閲覧や浄化などが始まっていないとき初期のころ、何も考えていないときにふいに訪れる強烈な心地よさ・嬉しさです。ビギナーズラック的に体験できるのですが、これを体験すると瞑想の虜に。

ただし、このエクスタシーが現れるのは、あくまでもマインドが休止しているとき(p.115)であり、これを待ちわびているようだと現れてくれません。思考していない、無思考状態を維持しているときだけふっと現れる素敵な体験なのです。

解説編のまとめ

いかがだったでしょうか?

宝彩瞑想のポイントは、以下3つです!

  • 幸福と浄化を目的にする
  • マントラと棚上げという手法を用いて無思考になる
  • いっさい働きかけをしない境地瞑想というステップが存在する

意識的に働きかけて、思考を片付けていくプロセスは誰にでも取り組みやすいのが良いですが、いざ無思考に至ったらそこからがむしろ醍醐味といった感じでワクワクさせてくれます。

本書は本当に簡単な言葉で心と瞑想について深い理解を提供してくれる良書ですので、ぜひ手に取ってみてくださいね。宝彩瞑想の実践編の記事はまた後日投稿します!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

参考文献

宝彩有菜(2011)『楽しもう。瞑想』光文社知恵の森文庫.

 

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