【雑記】私の半生、そして心理学・スピ・哲学に興味のある方へのメッセージ

2019年12月2日

神秘を見る少年

こんにちは、オルメです。

この記事執筆をしているのは5/7(火)の午前2時。多くの方は、10連休が終わった直後で鬱々としている時期じゃないでしょうか。

そんな中、本日より私は精神修養のため10連休!(遊びじゃないんですけどね)。今回は、私不在の中、ちょっとだけ恥ずかしい(と私が思っている)お話しをしてみたいと思います。

前半が「私の半生について」
後半が「スピで生きてる人へ」「心理学を学ぼうとしている人へ」になっています。

私の半生なんて恥ずかしいものを書くのは「私が気持ち良くなるための自分語り」がしたいわけではなくて、読んでいただく方の学びになるような内容になるよう工夫して書いたつもりです。ぜひ、お付き合いいただければうれしいです。

スポンサーリンク

GW明けにさっそくお出かけ

元気と幸せ

GW中はふつうに働いてた私ですが、GW明けの5/7から10日間ほどやすみをもぎとって長期でお出かけすることになりました。細かい話は別の記事に投稿しますが、京都のヴィパッサナー瞑想センター(ダンマバーヌ)というところに行ってきます。瞑想界隈ではよく知られてるんじゃないでしょうか。

私も坐禅会や瞑想会は過去に経験がありましたが、どこにいっても学びが乏しくてずっと敬遠してきました。でも今回、他のブロガーさんが書かれた瞑想センター体験記を読むうちに「これは自分の成長のきっかけになるんじゃないかな?」という思いが湧いてきたので、ぜひチャンレンジしてみようと思い立ったわけです。

これまでに泊まり込みでやったのは、断食道場や速読セミナーの経験がありますが、それでもせいぜい数日程度。10日間というのは初めてなのでちょっとドキドキしています。

私がこういうイベントに参加したり、自己啓発ブロガーなんてものをやっているのは、子どもの頃から抱えてきた悩みがすべてのきっかけなのです。

特に10代のころは人間関係に対する劣等感が非常に強くて、いつも「自分はダメだ」という考えに苦しんでいました。

スポンサーリンク

人付き合いがしんどかった子ども時代

海と少年

私は兄弟のいない一人っ子でした。

でも6歳年上の従兄がいて、いつも遊んでもらっていたのです。明るくて冗談が面白くて、周りを楽しませるのが得意な彼は、私の子ども時代の憧れそのものでした。

事情があって祖父母の家に引き取られていた彼は、車で15分くらいの場所に住んでいたのですが、いつも週末になればうちに遊びに来てくれて、絵を描いたり、くだらないごっこ遊びをして遊んでくれました。

周りを巻き込むのが得意で周囲から好かれる彼とは対照的に、私は引っ込み思案で恥ずかしがり屋、人前は苦手なタイプ。

新しい環境に変わることにストレスを感じるのがつねです。クラス替えなんて本当に嫌でしたし、学校もあまり楽しくありませんでした。小学4年生のとき、登校中に将来のことを考えながら「もうこれ以上大人になりたくないな」と考えたのを今でも覚えています。

そのときにはすでに友達関係に悩んでいましたし「大人になればもっと面倒なことになるんだろうな」という漠然とした不安でいっぱいだったのです。今以上に新しい環境になることが怖くてたまりませんでした。

友達をつくるのが苦手でしたから、従兄のような明るくて社交性があり、コミュニケーション能力が高い人に対して強いあこがれを感じる一方、自分はダメなんだという劣等感が強まるばかり。

中学・高校になるとそれは悪化し、高校生の時は途中で学校にいけなくなった時期もありました。クラスメイトは優しい人が多かったし、先生にも恵まれたのですが、私自身が人に対して心を開けないし、他人のちょっとした言動に「自分が否定されているような気持ち」になってしまってしんどい思いばかりしていました。

冗談を言ったのに笑ってくれない、笑顔で接しているのに無表情で返された、話しかけたのにスルーされた、自分にだけ接し方がドライな気がする……どれくらい仲良くなっても、相手の反応が気になり、自分が好かれているかどうか、愛されているかどうかが気になっていました。

楽しいわけがありませんね、そんな友人関係が。その上、コミュニケーション能力の高い人たちにあこがれながらも、一方で妬み、そして自分がそのレベルに達することができていないという劣等感がますます強くなるばかり。

でもそんな状況はどちらにせよ自分が悪いし、私が変わらなきゃいけないんだって思ってました。だからこそ自分を変えたいと願い、自己啓発やら、心理学を学ぼうと考えるような、よくありがちなルートを通ってきました。

自分の人生のテーマはつねに「人間関係」でした。

心をこじらせて

神秘な女性

人間関係についての知識を増やし、心についての知識と経験を増やしていく中で、20歳くらいのころには私なりの考えや世界観を持つようになりました。でも、その世界観とは心に関する知識をベースにしながらも、自分の経験と観察に基づく独特の世界観で、他者に説明することが全くできないものでした。

それを自負・支えにしながら深くかかわっていくうちに自分のアイデンティティそのものになっていきました。一方で、いつもこの説明不可能な考え方を、誰かに理解してほしいと、心のどこかで考えていました。

しかし、そもそも独自の概念によって構築された認識体系を誰かに説明するすべはありません。そのことで孤独感に拍車がかかり、ただただ苦しみを生むばかりでした。

大学を卒業するまで私は心理学を好きなだけ勉強しましたし、自己啓発も自分のペースで勉強していました。本も読んだし、セミナーにも行きました。でも、何を学び、何を実践しようと自分の人生が変わることはありませんでしたし、対人関係は年を追うごとにひどくなる一方でした。

それからの経緯については「当ブログについて」のほうで書いたように、引き寄せの法則・ニューソート・スピリチュアルの考え方に触れて、今に至ります。

この過程で「自分にしか理解できない世界観」は、説明可能なものへと変わり、自分の思想が他者の考え方と繋がり、今これを書いている時点で、すべての考え方の上での問題は解決しています。(このことは私の人生では奇跡のような出来事です!)

とはいえ、そんな話をこれ以上続けても退屈なので、ここまで関心をもってお読みいただいている方に向けて、私なりにささやかな2つのアドバイスをさせていただけたら嬉しいなと思います。以下、二つのタイプの人に関係がある内容になっています。

①自分にしか理解できない、独自の世界観をもって生きている人へ
スピリチュアルの世界に関わっている(関心を持っている)人へ

②自分の(人生の)問題を解決するために心理学を学んでいる(興味のある)人

独自の世界観・人生観で生きている人へ

スピリチュアル

スピリチュアル界隈の方や哲学的なテーマをもって生きている方は他者には理解できない独自の考え方を持っているかもしれません。

私自身の経験から言えば、まず独自の世界観を持つことで「自分は特別なんだ」と思える優越感を感じるようになります。続いて、それは誰にも理解されず、孤独感を生み出す原因になります。

人によってはそれを(芸術や学術などを通して)表現する方法があるというならまだ救いがあるのですが、基本的にそれは閉鎖的であり、特に、自分の言葉でしか語ることができない(独自の認識によって規定された)精神世界・世界観・思想というのは、孤独になるしかありませんし、それは自分を苦しめる原因になるでしょう。

私はこういう世界観を10年弱抱えて生きていましたが、誰にも伝える方法がなく、またそれを通して自分を成長させることもできませんでした。あたかも、光も差さない、風通しの悪い淀んだ部屋の中に植物を置いて、枯れていくのをただ見守るしかできないような絶望的な気分でした。

自分の世界観を、他者の言葉によってシンプルな言葉によって説明できるかどうか?これはものすごく重要なポイントです。自分にしか理解できない優越感に浸って楽しいのは最初だけ。待っているのは孤独と絶望。なぜなら閉鎖的な思想は刺激を受けることができず、成長も発展もしないからです。

なるべく早く、自分の考えをシンプルな言葉に置き換えたり、自分と同じような考え方を持つ人がいないかを探したほうがいいでしょう。

このことは理解できる方にしか理解できません。ピンとこない方は忘れてくださって大丈夫です。

心理学を学ぼうとしている人へ

勉強中

結論から言いますが、自分や人生の問題解決を行うために、心理学を学ぶことはオススメしません。その理由は簡単です。

心理学とは、心に関する出来事を客観的に捉える学問であり、抽象化された知識を自分の人生に適用させることにも専門的な知識が必要になるからです。

私はブログ内でも触れていますが「心理学概念を検証することなく演繹することはつねに間違っている」と言ってきました。これは心理学者でも犯す過ちです。

たとえば、つり橋効果がありますよね。つり橋の上で胸の生理的なドキドキを、恋愛上の心理的なドキドキに誤帰属することをこう呼びます。

しかし、実際に人生において起きた現象にその知識を適用し、必ず正しい判断を下せるのでしょうか?今胸がドキドキしているとして、その原因が不整脈ではないとなぜ言い切れるのでしょう?あるいはその他の病気の兆候でないとなぜ断言できるのでしょう?

心理学概念を知ることはとっても簡単です。~効果、~現象と名前の付いた言葉を安っぽい心理学本に書かれてある説明文といっしょに飲みこめば知識は増えます。しかしどうやってそれを取り扱えばよいのでしょう?

これはすべての心理学概念について言えます。抽象化された知識は、現実離れしています。自分が体験する事象のうち、何がそれにあてはまり、何があてはまらないのかを客観的に検証するすべを私たちは知らないのです。

心理学を学んでも、抽象的な知識が増えるだけです。もし、どうしても心理学で自分の人生を変えたいのなら、専門家に相談し、指導を受けたほうがよいでしょう。たとえば、精神分析・催眠療法・認知行動療法を専門とするプロに相談したほうがいいのです。

よく考えてください。家を欲しい人が建築の知識を学んで、自分で家を建てようとするでしょうか?体を治そうとする人が、医学を学んで自己治療するでしょうか?それなら、建築家に家の相談をし、医者に体の相談をするほうが時間的コストを大幅に節約でき、結果もそれなりに保証されるはずです。

ところがなぜか心理学になると、これが見落とされるのです。そしてエセ心理学者がうじゃうじゃ湧いてきて、無責任なことを言い、結局薄っぺらい中身のない自己啓発本みたいなものが大量に増産され、かたやセミナーで成果を出せない"自己啓発難民"とやらを生み出し続けているのです。

心理学で人生を改善したいのなら、専門家に相談することをオススメします。

これは私自身の反省を含んでいます。どうか心理学で人生を変えたいと思っている人は、このことを頭の片隅に置いてやってください。

そしてそれでももし、自分の心の観察と実践で人生を改善したいという方がいましたら、当ブログをぜひご活用ください。

その際は、きっとお役に立てると思います。

終わりに

話が長くなってしまったので、今日はこの辺にしましょう。長文でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございます。

いつも、ご覧いただいている読者の方、そしてツイッター上でお付き合いいただいている多くの方には感謝が尽きません。

今後ともぜひ「ココロをつくるブログ」をよろしくお願います!

スポンサーリンク