【ココブロ】エゴとは?意味・定義の解説【出典あり】

このページではエックハルト・トールによるエゴ(ego)の概念の意味・定義を解説します。

エゴとは、

・苦しみを生み出す心の仕組み

という意味。厳密に言えば、

・私という意識を含む思考が、外的事物と同一化する心の仕組み

と定義できます。

関連語には同一化/非同一化、ペインボディなどがあります。このページではなるべく簡単に、出典を交えながらエゴの意味・定義を解説します。

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エゴの意味・定義

エゴとは私という意識を含む思考が外的事物と同一化する心の働きという意味です。

他にも以下のような表現もあります。

・自分を"形"に同一化させること[1]p.29, p85
・間違った自己のメカニズム[1]p.37

一般的なエゴ(ego)という言葉には、「自我」「うぬぼれ」「自尊心」という意味があり[3]、またエゴイズム(利己主義)という意味でも使われます[4]が、それらとは意味がズレることに注意が必要です。

ここでの"エゴイスティック"という表現もまた、利己的な・自分勝手なという一般的な意味ではなく、「私」と外的事物の同一化が起きている心の在り方を指している点には注意が必要です。[1]p39,p.53,p.71

 

では、今回説明するエゴという言葉をもう少しかみくだいて解説していきましょう。

エゴは「私」を生み出すプロセス[1]p.38~39

私たちは幼少期に両親が話す言葉を通じて自分の名前を覚えますが、やがて「私(僕)」という言葉を使い始めるでしょう。この「私」という言葉は便利なので、「私のおもちゃ、私のごはん、私の友達」のように、自分に関連する外的事物を「私」と深く結びつけるようになります。

そのようなおもちゃ・ごはん・友達のように自分とは異なるもの(外的事物)を、「私」という観念に取り込むことで自己意識が発達していきます。

外的事物="形"

このような自分とは異なるもの(外的事物)をエックハルトは“形"と呼びました。

ごはんやおもちゃのような所有物、自分の肉体や見た目、国籍・人種・職業のような抽象的な属性、さらに母・父・生徒・上司のような社会的役割まで、自分ではないあらゆる事柄を「私」の中に取り込み、すべて「私」と同一化(混同)していきます(具体例は次で解説します)。

このように「私」という観念を、外的事物である"形"と同一化(混同)していく心の仕組みをエックハルトはエゴと呼んでいるわけですが、これが人間関係でのトラブルや人生での苦悩を生み出す原因になるのです。

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エゴという概念にどんな意義があるのか?

このようなエゴという概念を理解することにどのような意味があるのか見ておきましょう。

まず私たちは、日常的に、自分や誰かの中にエゴイスティックな反応を見るのが当たり前になっています。

・私は人生でたいしたことを成し遂げられなかった、つまらない人間だ
・私みたいにルックスが良くて学歴がある人間は、人からちやほやされて当然だ
・私の財布が無くなっているのは、私のことを嫌う誰かが盗んだに違いない
・大切な友人のことを悪く言うあいつらのことは絶対に許せない
・親が(先生、上司が)約束したことを守らないなんてありえない

このようなエゴイスティックな反応はあまりにも日常的で、問題視されずに見過ごされたり、ときには愚痴っぽい雑談やゴシップの中で消費される"ネタ"だと考えられているかもしれません。

ですが、もしこれらが自分事で「人間関係でいつも同じ過ちを繰り返す」「周りのすべての人間が許せない」「生きているだけでつらい」というように、追いつめられてしまった人にとって、エゴという概念は自分自身を見つめ直し、最悪の現状を脱却する重要な糸口になるでしょう。

もしも、人生での成功が「私」とは無関係なら、自己卑下に意味はなくなります。また、ルックス・学歴=「私」という認識が乏しければ、それを鼻にかけることもないでしょう。

モノがなくなってもそれが「私の」という重要性を持たないなら、その行方など気にかけませんし、そもそも「私が被害者だという考え」がないなら犯人探しに躍起にならないかもしれません。

「私の」友人という強い観念に縛られていないなら、許す許さないという思いに煩わされることもないでしょう。

両親・先生・上司のような人たちが「私の」期待を裏切るべきではない、という不安や恐怖に裏付けられた思いがなければ、その人たちを許すこともたやすいでしょう。

「私」という存在は、エゴによってあらゆる"形"が取り込まれて肥大化した自己意識です。それが極端になると人生に強い苦しみや生きづらさを生み出すようになります。エゴという捉え方は、人生の苦しみを理解して抜け出すための重要なツールになるでしょう。

(付記)各種概念を整理してみた。

似通った概念が多くてややこしいので、ここでは簡単に整理してみたいと思います。

同一化(identification)[1]p.44

「私」と、外的事物を混同する心の働きのこと。

私の玩具、私の車、私の家のようなモノ(を含む外的事物)に対して「私(I)」という自己意識を付与する心の仕組みです。

これがエゴの構造であるとエックハルトは指摘しました。

「私」

同一化によって肥大化した自己意識のこと。

私たちがふつう、自分のことを指して私と呼ぶとき、それは「私」(同一化によって生じた自己意識)のこと。「私はブロガーです」「私は気が短い」「私には黒歴史がある」はすべて"エゴイスティック"な表現と言えるでしょう。

「私」というものをほかの言葉に言い換えるとすれば、
・精神的構築物[1]p.39
・アイデンティティ[1][2]
・にせの自分[2]p.204

などとも表現されます。ちなみに、この問題や欠陥を抱えやすい「私」とは異なり、その存在を疑い得ない「本当の自分」「真実の自己」が存在するのだと、禅や瞑想の世界ではしばしば主張されます。

まず本当の自分(真実の自己)が存在し、観念的に構築された「私」が存在する、と対比すればわかりやすくなるかもしれません。

※なお、本稿で「私」とカッコつきで記す場合は、すべて精神的構築物としての自分を意味する語です。

ペインボディ

エックハルトの用語で「感情的な苦痛の集積(記憶)」[1]p.155のこと。

私たちが同一化してしまいがちな"形"の一つです。

 

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出典・参考文献

[1]エックハルト・トール(2008)『ニュー・アース』(吉田利子訳)サンマーク出版.
[2]エックハルト・トール(2002)『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』(あさりみちこ訳ほか)徳間書店.
[3]“egoの意味・使い方・読み方" weblio辞書.
[4]“三省堂 大辞林 第三版" weblio辞書.

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