引き寄せの法則は宗教なの?客観的な観点から解説してみた

2020年7月17日

引き寄せの法則 宗教

この記事では引き寄せの法則は宗教なのか、中立・客観的な観点からていねいに解説していきます。

引き寄せの法則とは約30年前に米国で体系的に提唱され、ここ10余年くらいで爆発的に広がった「願えば叶う」という思想。

「自分の望む未来を思い描くだけでお金持ちになれる?彼氏・彼女ができる?そんな簡単に願いが叶うわけないでしょ?みんな騙されているんじゃないの?」そんな意見があったとしても、まあもっともな話。

今回の記事では、

  • 引き寄せの法則がどれくらい怪しいのか?
  • 引き寄せはどういう経緯で誕生したのか?
  • 宗教なのかどうか?

を解説してみたいと思います。

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引き寄せの法則が"怪しすぎる"ワケ

引き寄せの法則で有名な提唱者といえば、ロンダ・バーンヒックス夫妻(エイブラハム)。

でも世間はそんなことはどうでもよくて、ただ「信じれば叶うんだよ」とか「引き寄せの法則とかいう宇宙の法則がある!」みたいな表面的なことばかりがもてはやされ、内容を踏み込んで知る人は少ないもの。

まずは世間が抱きがちなイメージを確認し、その内容を掘り下げ、引き寄せの法則がどれくらい"怪しいか"を見ていきましょう。

引き寄せ信者になった社長の影響で……

引き寄せ 社長

信じれば叶うというのは、ビジネス関係者や"成功者"がよく口にする言葉。企業のトップである社長も例外ではありません。

記事・作品投稿サービスのnoteに、会社の社長に感化されて引き寄せにハマってしまったmaiさんという方が記事を投稿しています。

18歳から25歳まで宗教にハマっていました。『引き寄せの法則』という宗教の信者でした。信じるものは救われるという意味で。

…(中略)…「お金持ちになっている」自分を想像するだけで、お金持ちになれるそうです。「バカげている」と思う人もいるはず。わかります。今の私は『引き寄せの法則』って聞くだけで、寒気がします。

でも人は何かにすがりついたり、信じたいものがあったりします。そうすることで安心するんですよね。

note.『引き寄せの法則』という’宗教’にハマっていた話

この記事の執筆者・maiさんによれば、自分の会社の社長が熱心な引き寄せ信奉者だったそうです。

なんでも、この法則のおかげで倒産の危機にあった会社が黒字回復したことで社長はほれ込み、月一で開かれる会社の勉強会で引き寄せの勉強させていたんだとか。こういう会社もあるんですね、ちょっと驚きです。

maiさんも感化され、自己啓発本やセミナーに大量のお金を使ってしまいます。具体的な経緯はわかりませんが、彼女は「自分の幸せを見つけた」という理由で引き寄せからは手を引きます。

とにかくポジティブ!が世間のイメージ

引き寄せ ポジティブ

この記事の中で印象的だったのが、maiさんが学んだとする本やセミナーの内容です。

セミナーで聞いたことや本で読んだことには、「いつもポジティブな気持ちでいること」、「いつも感謝すれば、あなたに幸運が訪れます」、「常に気分良くいなさい」でした。それを実践して「私は幸せ」、「感謝」とばかりつぶやいていました。

自分にとって何が”幸せ”で”感謝”なのか分かっていないのに。この言葉さえ言っておけば、私は幸せになれると思い込んでいました。

同上

これこそ、引き寄せの法則の世間的なイメージそのものですね。願いを信じて、気分を良くし、感謝を欠かさないでいるなら、自分の願いがなんでも叶うというやつですね。この話を聞いて「怪しい宗教だよね…」「マインドコントロールだ」という反応があってもまあ仕方ないでしょう。

ただ、これは引き寄せの一側面を表面的に見ているだけにすぎません。引き寄せ=ポジティブをゴリ押しするモノ と考えるのは、間違いなく「引き寄せをこじらせている」のです。

引き寄せをきちんと理解するには、この"思想"が誕生した経緯を理解しておく必要があります。

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引き寄せの法則に歴史あり?

引き寄せの法則に歴史なんてあるの?

そう思う方もいると思いますが、実はあります。ざっくり言えば、18世紀のヨーロッパに端を発し、19世紀半ばに米国で誕生したニューソート(新思想)が引き寄せのルーツです。

もう少し細かく言えば、

  • スウェーデンボルグ+メスメル ⇒ クインビー ⇒ ニューソート ⇒ 引き寄せの法則

こういう流れになるのですが、細かい話なので、今回は割愛します。詳細は以下で解説しています。

この話は宗教性を理解するうえで面白いポイントでもあるので、もう少しお付き合い下さい。

ニューソート運動と"願えば叶う"

引き寄せ ニューソート

引き寄せ誕生のきっかけは、19世紀半ばごろのアメリカ。

フィニアス・クインビーというメスメリスト(催眠術師)が、催眠を介して誤った宗教上の信念を修正することでその人の病気が治癒できた経験から、「誤った信念を正せば病気を治せる」と提唱し始めます。

これが現代の「ポジティブシンキング」や「願えば叶う」に発展しました。

ただし「なぜ願えば叶うの?」という理由をきかれると、たいていはキリスト教・心理学・科学を持ち出して説明されるのが通例です(現代でもそれがほとんどですよね)。

でもキリスト教でも心理学でも科学でもない世界観に落とし込んで、ふわっとしたスピリチュアルで語ることもあったのです。ラルフ・ウォルドー・トラインジェームズ・アレンなんかはそういうタイプの提唱者ですね。

引き寄せをエイブラハムが体系化する

願い 引き寄せ

現代の引き寄せと言えばエイブラハムが有名です。科学や宗教を使わず、スピリチュアルな世界観で引き寄せを提唱しました。

エイブラハムの思想が誕生したのは1980年代ですが、このころはちょうど米国でスピリチュアルに関する運動が高まっていた時代(ニューエイジ)。

細かい話ははしょりますが、そのようなニューエイジのスピリチュアルの影響と、ニューソートの「願えば叶う」が交差したところに現れたのがエイブラハムでした。

エイブラハム(≒ヒックス夫妻)は、願えば叶うを説明するのに「引き寄せの法則」という概念を使いつつ、キリスト教にも、心理学にも、科学にも根拠を求めない、独自のスピリチュアル世界観の中にこの思想を落とし込みました。

非常に独創的で体系立った思想で、多くの人々に支持されて現在に至ります。詳しくは↓

【著者紹介】引き寄せで有名なエスター・ヒックスって?

そして、ロンダ・バーンが広めた。

引き寄せ ザ・シークレット

引き寄せの法則と言えば『ザ・シークレット』。2006年にロンダ・バーンが映画化・書籍化し、それから引き寄せの法則が爆発的に広まりました。

バーンは「愛と感謝で、思えば叶う!」みたいな単純化した内容ばかりを推したため、「ポジティブになるだけで夢が叶う」という誤解を生みだしました。

本来の引き寄せの法則やその界隈にある思想・方法は、ネガティブな感情を無視しない(むしろ対処するような)もっと堅実なものなのです。

さて、話に深入りしすぎたので、そろそろ本題と結論に入っていきましょう。

引き寄せはそもそも宗教なのかどうかについて考えていきます。

引き寄せは宗教なの?

この問いには、2つの答え方があります。

1つは"宗教の定義に当てはまるかどうか“、2つ目は"世間は何を指して宗教と呼んでいるのか?“という2点です。

定義上、引き寄せは宗教ではない

宗教

宗教の定義はさまざまあって、一様には線引きできません。しかし、次の定義は包括的でわかりやすいので参考にしてみましょう。

(宗教とは)経験的・合理的に理解し制御することのできないような現象や存在に対し、積極的な意味と価値を与えようとする信念・行動・制度の体系。

コトバンク・大辞林

引き寄せの法則は「似たものが引き合う」「思えば叶う」が提唱され、超自然的な存在をまず前提にする、スピリチュアル思想です。

一方で、それは「願う」と「叶う」の関係を自ずから見出すものであり、さらに言えば自分の人生を積極的に制御(コントロール)する術として提唱されます。ただ意味や価値を与えて終わりになるということはありません。

また盲目的な追従や教義の押し付けもなく、「自分自身で確かめよう」というスタンスで語られることが多く、経験を非常に重視します。また多くの宗教にありがちな集団・組織・教条・戒律なども存在しません。

“引き寄せの法則は宗教だ!"という指摘は、感情的なものであって、定義との関係で冷静に考えれば、ほぼ当てはまらないことがわかりますね。

でも、世間が言うところの"宗教かどうか"の判断基準というのはもっと感覚的なもののはずですよね?

この記事の最後に、それについて話してみたいと思います。

世間は何を指して宗教と言うのか?

仲間

“宗教的なモノ"に対する私たちのアレルギー反応は非常に強いものがあります。

たとえばマルチ商法で知られるアムウェイは、大企業であり知名度も高いのに悪評ばかり。アムウェイ嫌いな方も多く、アムウェイは宗教だと言ってはばからない人もいます。

その理由は数多くあると思いますが、アムウェイのディストリビューター(販売者)たちが、アムウェイ社と製品を狂信し、ビジネスによる成功を無根拠に確信し、ときには礼を失する押しつけがましい態度で製品をゴリ押しする様に嫌悪感を抱くことが挙げられます。

>>【マルチ商法】なぜアムウェイは嫌われるのか?アムウェイで幸せになれるのか?

私たちにとってこの企業のように「集団になって」、「無批判・盲目的に」、「熱狂(狂信・信奉)している」ものを、宗教だとみなしがちだということになります。

引き寄せの法則も「集団になって」「無批判・盲目的に」「熱狂(狂信・信奉)している」のなら、宗教だと思われるかもしれません。

ただ歴史的に、ニューソートの信奉者たちはリベラルな人たちが多く、伝統宗教のように教義やら組織をつくることを嫌ってきました。講演活動や執筆活動を通して、その思想の普及に努めてきたわけですね。

引き寄せの法則もそれに連なる自己啓発の一部であり、集団化・組織化することは基本的にはありませんが、たとえば自己啓発セミナーが行われて「指導する側とされる側」が生まれると、その限りではなくなります。

自己啓発が"他者啓発"に変わったとたん、なんだか胡散臭くなります。自己啓発セミナーの団体が宗教団体に変わるなんて話もあるようですから、その境目は"集団性"や"盲目性"にある、と言えるかもしれません。

まとめ

今回は引き寄せの法則の宗教性について話してきましたが、当ブログなりに結論を言えば「引き寄せの法則は宗教ではないけれど、条件によっては"宗教的"であるように思われがち」となります。

また宗教っぽさを醸し出す原因には、スピリチュアリティも大きく関係しているでしょう。この記事ではあまり触れられなかった"宇宙"とか"波動"とか、そういうやつですね。これを受け入れられるかは全くその人次第。私も最初は好きではありませんでした。

スピリチュアリティは、人によっては高い壁のようなもの。

まず嫌悪感の壁があり、次に誤解の壁があり、最後に必要性の壁があります。「きらい」「意味わかんない」「必要ない」――これで済むなら、その人にはスピは関係ないものかもしれません。

でもその思想になぜか強く惹かれ、その正しい意味を知って誤解を解き、自分の人生に活用できることを確信できる人には大いに役立つに違いありません。(スピリチュアルを含め)自己啓発とはそのように、各人によって選び取られるべきものです。

私はこの『ココロをつくるブログ』をつくり、みなさんが感じているスピリチュアルに対する壁を取り払えればいいなという思いもあって情報発信しています。関心のある方は、ぜひその他のコンテンツもご覧いただき、自分を変える契機にしていただければ素敵です。

では今回の記事は以上です!最後までお読みいただきありがとうございました。この記事がいいなと思ったらSNSでシェアしてくださいね!

主な参考文献

マーチン・A・ラーソン(1987)『ニューソート その系譜と現代的意義』(高橋和夫ほか)日本教文社.

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